今日のごはんは な~~に

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粕汁 (母の味)

想い出の母の味のひとつ   粕汁

現住所 関西では鮭のアラや身で作る家が多いと聞く
私は九州出身なので豚肉でこれが母の粕汁であった

寒い日にはこれが美味しくて温かくて子供でも酒粕全く問題はなかった


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全く違う日に作っている
料理を作った日には必ず撮っておく いつか役に立つかもなんちゃって(@-@;)

レシピに書くほどの事もないので材料だけ書いておきます

里芋・大根・人参・白菜・葱・豚肉・薄揚げ・煮込み用ちくわ・こんにゃく・茸類
味付けは味噌味   当時はこれだけの材料は入っていなかった

これが大好きである

今までは何故か酒粕良く頂いた 
久しぶりに買ってみたのだかお安いものではないと言う事に
今更ながら気が付いた






先日記載したように母との別れは高一の終わりの3月

物心ついた時から母は病気であった 結核
今でもこの病気で命を落とす人が数多くいる事は案外知られてはいない

今日は良い部分のみを書きます もちろん人間ですもの
う~~んと言うところもありました

もう亡くなって何十年も経つのだから記載する事を許してもらおう
手前ミソで申し訳ないのですが非常に聡明な人でした

和裁・洋裁・編み物・料理 ある意味スペシャリストであったと思う

我々姉妹は貧しい中に育ちながらも母が作るお洋服で可愛い恰好だけは
させてもらっていた

今、NHKでやっている方並の才能はあったと認めている
いくつかの洋服を今でも覚えている

小一で着ていた黄色で襟元にレースとビロードの黒のリボンのついたワンピース
夏祭りに着て行った三人お揃いのちょうちん袖のワンピ

ある時期流行ったローウエストのワンピ

昨日まで来ていたスカートが突然ブラウスに
今のように次々に物が買える時代ではない

高一に流行ったベストを私が欲しがった
これも何かのリメイク

ブルーの生地にステッチが施されて可愛いポッケが付いていた

洋品店に頼まれて作った物を卸していた
その中には水着まであった
手作りの水着も着た

新聞紙の型紙・それもいくつもある訳ではない
たった数枚の型紙からありとあらゆるものが出来る事に
私は目を輝かした
魔法だ!!

当時流行った木綿の生地 夜市等に展示している物を
選ぶ時 母は必ずこう聞いた

○○○あなただったらどれがいいと思う
わたしが「これ」と答える

するとこう言った これもいいけどねこれだとこれこれしかじかで
きっとお洒落になると思うよ

その時は「そうかなぁ」と思ったが出来上がると成程いい

色彩感覚は自然体で母から学んだ


生地の素材までは知らない
中学の時に今で言う振り袖を三人に作ってくれた 正絹ではなかったはずだ
そんなお金は無かったから・・・

道を歩くと人々の注目を浴びた
子供心にも誇らしげな気持ちを味わった

同級生の男子に「若草物語」の様だと言われた・・・一人足りないけど

何故ならば長女はかなりの美人だったから・・・
次女もその次の器量
私はいつも言っているのは真っ赤な嘘 鼻べちゃであった(@-@;)

その着物もいつか掛け布団のカバーに様変わりした
それもまるで今で言うパッチワークのようなものであった

今でもそのカバーの事を覚えている

世の男性の憧れである「セーラー服」勿論母が縫った

今は贅沢過ぎて人間はいつか罰が当たると信じて疑わない

傷付いた思い出がある
小学生に上がる時ランドセル(当時は今の様な皮ではなかったと思う)
人口の皮革 それとももっと素材が悪いものだったのかもしれない

私のランドセルは母のお手製の布であった
勿論厚手のモスグリーンの無地に真中に真っ赤な椿の刺繍があった

今思うと立派な鞄だった 縫製もしっかりしていた

今なら人と違っても却ってそれがお洒落とみなされる
たった6歳の可愛い女の子 それがつらかった 誰もそんな鞄は持ってはいなかった

良く悪ガキに苛められた

わーーい わーーい布のかばんや 小石を投げつけられた事もある

私は泣かなかった・・・決して泣かなかった
母にその事を言った事もなかった それでも小さな胸は傷んだ

キッと「悪ガキ」を睨みつけた   その頃から今の片鱗はあった(^_-)


母さん あの鞄はどうなったのですか

あれだけ嫌だったランドセルあれだけ悲しい想いをしたランドセル
今はあの鞄に会いたいのです

きっとそれは今私が幸せだから。。。



| 日常日記 | 15:00 | comments:46 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

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| | 2012/02/10 15:14 | |

鍵コメさん ありがとう♪

器用を通り越していたと思います
又仕事が速い 出来上がった物が売られていたのですからね
ちゃんとしたお店で・・・

もっと色々な事を習いたかったですね
特に洋裁に関しては今ならリメイクすれば一生服は要りません

| はやとうり | 2012/02/10 16:07 | URL |

はい~っ  相変わらず 料理巧いねえっ 

いつも感心してブログ見ているよ

写真のアングルも 料理のレイアウトも サイコ~ (^_^)v

ところで、 「はやとうり」の意味は?  

| 飛鳥太子 | 2012/02/10 16:35 | URL |

飛鳥太子さん こんにちは♪

ありがとう!! 
やっぱり昔の仲間はいいねっ 勿論人にもよるけどね(^.^)/~~~

「はやとうり」はアメリカ原産 ウリ科の植物です
道の駅等に行くと夏場にはあります
漬け物・酢の物・炒め物 あっさりして食べやすいです
一度見つけられた時に食して見て下さい(;^◇^)ノ~☆

| はやとうり | 2012/02/10 16:48 | URL |

ふ~ん 

あっ調べたら 出て来たよっ

「隼人瓜」なんや~

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/de/Sechium_edule_dsc07767.jpg/280px-Sechium_edule_dsc07767.jpg

| 飛鳥太子 | 2012/02/10 16:57 | URL |

飛鳥太子さん こんばんは♪

わかったでしょ!! 
薩摩に伝来したんだって 薩摩隼人の隼人
URL貼り付けて頂いてありがとう!!

気が効く所は昔のまんまだね やる事が速い
画像があると良く判るね 形がユニークでしょ(^O^)


| はやとうり | 2012/02/10 18:02 | URL |

素敵なお母様の思い出。
昔の母って本当に堅実で100㌫子供を想って生きてましたよね。
今の母親には無い姿です。
とても聡明で、堅実で良妻賢母の鏡だった、はやとうりさんのお母様。
だからこそ、今のはやとうりさんが存在するんだと思います。
自慢のお母様。素敵なお母様ですね。
今現在、こういう母親って居るんでしょうか・・・

粕汁、好きなのに材料を買い忘れました~。

| 太巻きおばば | 2012/02/10 18:36 | URL |

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| | 2012/02/10 18:40 | |

こんばんは

確かに粕汁は母の味ですね
子供の頃より材料も増えて贅沢になったけれど
ルーツは母です
娘もこの味を受け継いでいくのでしょうかね
最近ノートに(これ美味しいレシピ)を書き残しています
娘の嫁入り道具にどうでしょう(笑)
まだお相手も居ない残念な娘ですが・・・

素敵なお母様ですね
昔の母親は本当に良く働いていましたよね
私も洋服とか作ってもらった思い出があります
私には出来ませんが
もっと早くに教えて貰っていたらと後悔します

| 母ちゃん | 2012/02/10 18:43 | URL |

はやとうりさん、こんばんは~
素敵という言葉では足りないほどの
お母様ですね。
小さな はやとうりさんにとっては
くるくると現れる縫物、お料理など
ホントに魔法のように感じたことでしょう。
母の鏡ですね。
はやとうりさんを産んでくれたお母様がいたから
今、こうした縁で繋がらせていただけて
お母様に感謝です。

| イヴまま♡ | 2012/02/10 18:54 | URL |

太巻きさん こんばんは♪

>素敵なお母様の思い出。
>昔の母って本当に堅実で100㌫子供を想って生きてましたよね。
>今の母親には無い姿です。

それは言えますね
今の用に電化製品など何もない時代
食材も限られた中で美味しい物を作ってくれたと思います
勿論嫌なところはありました それは誰しも同じ

粕汁美味しいですよね
材料買い忘れたそれは残念です(@-@;)
これも多めに作っても嫌にならないおかずですね
主食にもなります(*^_^*)私はご飯が無くても良いですv-371


| はやとうり | 2012/02/10 19:31 | URL |

鍵コメさん こんばんは♪

なんだか良く似た環境で育ったのかもしれませんね
私も尊敬はしてきましたが母の事をあの母で良かったと
思えるようになったのはかなり年齢を重ねてからです

殺気立つ判るような気がします

母が亡くなった後母に会いたいと思った事はありません
私はあきらめが早いのです だっていないのですもの
生きていれば親孝行ができたのにと思った事はあります

母の味は事あるごとに思い出します いろいろな物を作ってくれました
あの大変な時代に・・・

ランドセルには会いたいです
男の子にからかわれなければ好きだったのかもしれません
小学校に上がる時のランドセル宝物のような物ですもの

| はやとうり | 2012/02/10 19:41 | URL |

母ちゃん さん こんばんは♪

質素な粕汁だったと思います でも美味しかったよね(*^_^*)
お嬢さんも受け継いでいくと思いますよ!!

>最近ノートに(これ美味しいレシピ)を書き残しています
>娘の嫁入り道具にどうでしょう(笑)
>まだお相手も居ない残念な娘ですが・・・

レシピノート喜んでくれると思います
あれだけのスタイル抜群な美人さんお相手はできますよ^^v

洋裁娘には教えたくないと言っていました(笑
喧嘩になるからと・・・もっとも早い旅立ちでしたからね
残念です

| はやとうり | 2012/02/10 19:51 | URL |

イヴまま♡ちゃんこんばんは♪

私は母が洋裁や特にお料理を作っている所を見るのが
大好きでした 当時おやつも殆ど手作りでした
お饅頭の下に引く葉蘭は山に取りに行っていました
今でもあの葉っぱはあるのでしょうか

とんでもないですよ
私こそあなたに会えて幸せです

| はやとうり | 2012/02/10 19:57 | URL |

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| | 2012/02/10 20:58 | |

母親も父親も健在です
いつか
両親の思い出を語るようになるんでしょう
あの時こうしとけばよかった、、、、
って
ならないように、
今のうちに、やっとかないといけないですね、、、

| 加夢 | 2012/02/10 20:58 | URL |

体も心もあたたかくなりそうな粕汁・・・
私も食べてみたくなりました。
作ったことがないですし、実家で食べた事もないです。
今、夫に聞いたら夫も食べた事がないみたいです(^-^)

お母様の思い出・・・本当に素晴らしいお母様だったのですね。
私も子供の頃、母の手作りの洋服や、手編みのセーターなど、
中学生位まで着ていました。
懐かしく、思い出し・・・
そして、布の鞄のお話では、目頭が熱くなりました。

はやとうりさんのお料理の中にお母様が生きているのだな。
とも、感じました。
素敵なお話をありがとうございます!

| ひいち | 2012/02/10 21:13 | URL |

鍵コメさん こんばんは♪

そちらでお返事しますね
訪問ありがとうございますv-436

| はやとうり | 2012/02/10 22:16 | URL |

加夢さん こんばんは♪

やはり両親がいらっしゃると言う事はいろいろなケースがあるとは思いますが
出来る時には親孝行とまでは行かなくても優しくすることはできます

あなたも愚息と良く似た年齢だとは思いますが正直 子育て中
は精神的にゆとりがないと思います
良く言うでしょ 親孝行したい時には親はなし

言葉一つで良いのだと思います

| はやとうり | 2012/02/10 22:24 | URL |

とっても素敵なお母様ですね♪

母も冬はセーターやお正月に着る着物を
夏は浴衣を毎年縫ってくれました
忙しかったはずなのに夜眠る時間があったのかと
大人になって思います。

私も子どもが生まれてから5年生までは
下着と靴下以外は買ったことがほとんどありません
毎日ミシンをかけていました
楽しくて楽しくて♪
レオタードも縫ったけど
オーガンジーの袖がチクチクするらしく
チャッコットさんに任せることに・・・
水着はむずかしいですよね~
でも
はやとうりさんのお母様も三人の娘さんの物を作る時
楽しくて仕方なかったのではないかしら??
椿の刺繍のかばんはきっと素敵だったのでしょう
でも小さな子にはわからないのは当たり前です

私服の小学校だった娘は5年生になってジーパンを買ってと・・・
私の縫ったジャンパースカートやブラウスを着ていくと
”おっじょうさま!!”って悪ガキに・・・
それからは発表会とか特別な日の服しか縫ってません
ちょっぴり淋しいので今はわんこ服を縫ってます♪

| rose | 2012/02/10 22:30 | URL | ≫ EDIT

ひいっちゃん こんばんは♪

粕汁食べた事ありませんか
一度作ってみて下さい 我々子供の時から食べていました
きっとしょーち君も食べれると思います
最初は酒粕少なめでトライして見てね

手作りの物には総て想い出が籠っていますね
今は安易に物が買える本当は不幸な事なのかもしれませんね

| はやとうり | 2012/02/10 22:31 | URL |

roseさん こんばんは♪

あなたのお母様もそうだったのですね
そしてあなたも(^.^)/~~~

母は私にこう言いました
あなたはこれからの女性 仕事を持ちなさいと・・・
器用貧乏になって欲しくはないと 
多分性格を見抜いていたのだと思います

今は縫物をしなかった事だけは後悔しています
料理は見よう見まねで覚えました
あっと驚く玉手箱がありました(*^_^*)

| はやとうり | 2012/02/10 23:10 | URL |

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| | 2012/02/10 23:24 | |

こんばんは~☆

なんてステキなお母さま。。。
昔の母親って働き者ですよね。
今のようにスイッチ一つで家事が出来たり
スイッチ一つで料理が出来たり
そんな便利な物はありませんからね。

早くのお別れは辛かったでしょうね。
私は16歳の時に父親が亡くなったのですが
未だに亡くなったというより、遠くに旅行に行っていて
ふら~っと帰って来るような気がしています。
薄れていく記憶の中に年々鮮明になって行く記憶があります。

いつもそばにいて見守っていてくれていると信じています。
きっと、はやとうりさんのお母様も。。。

| ufufuegao | 2012/02/11 00:12 | URL | ≫ EDIT

粕汁、たまに母が作ってくれましたが、ちょっと苦手でした。
まあ、料理の腕前は「う~ん」の母だったので、そんなもんだったんでしょうねぇ・・・

自分で作るようになり、舌だけは母よりも肥えているようで、今なら美味しい粕汁も作れるかもしれません。

| まんがいんく | 2012/02/11 02:53 | URL |

なんだか、亡くなったばあちゃんを思い出しました。
とっても厳しい人だったらしいですが、孫の私には
優しくて何でもこなす、スーパーばあちゃんでした。

しっかりとお母様の血を受け継いでると思いますよ(^^)
今日もじ~んとくる お話ありがとうございました。

| 二代目 | 2012/02/11 08:35 | URL |

アレンジ粕汁のお勧め!

こんにちは。
私は先祖代々から生粋の大阪人です。
粕汁は母が健在中、冬場の定番でした。
永年、鮭を入れていましたが魚屋のオヤジさんから
「塩サバの塩分を軽く洗い流し、ぶつ切りに鮭代わりにしたら最高や」
と教えれら母は半信半疑で、その通りにしました。
確かに魚屋のオヤジが言う通り美味しいです。
味付けは酒粕に合せ味噌、醤油で出汁を濃くするのが秘訣です。
これを食べると鮭の粕汁はイマイチですね。
やはり、魚屋のオヤジは詳しいです!

| とろろ | 2012/02/11 10:24 | URL |

ufufuegaoさん こんにちは♪

そうでしたね、あなたは16歳でお父様を亡くされたのですね
お母様は大変だったと思います

そうそう昔はね大変な時代 
それでも愚痴一つ言わず良く働いていましたね
どの料理も美味しかったですよ 素材は粗末なのにね

お優しいお言葉をありがとうねe-466

| はやとうり | 2012/02/11 11:14 | URL |

まんがいんくさん こんにちは♪

ようこそこちらへ(*^_^*)

そうですか お母様が作る粕汁は苦手でしたか
あなたが作られる物はきっと美味しいと思います
ちょくちょくブログは拝見していますから^^v

| はやとうり | 2012/02/11 11:19 | URL |

二代目さん こんにちは♪

そうですか ばあちゃんはスーパーばあちゃんでしたか
素晴らしい 二代目さんには優しかった(*^_^*)

あまり負の事は書きたくはないのですがね本音派人間
だと思います

二代目さんの熱い心 私には見えていますよ^^

| はやとうり | 2012/02/11 11:25 | URL |

とろろさん こんにちは♪

大阪の船場には「船場汁」なる物があったそうですね
今もあるのでしょうかね

塩サバからでも新鮮な生サバに塩を振っても良いそうですね

そうですね 魚屋の「おっちゃん」は詳しいでしょう!!
今魚屋さんなる物が滅多に見かけませんね
それが残念です 美味しい食べ方を教えてくれるのにね

| はやとうり | 2012/02/11 11:46 | URL |

こんにちは。

すごいお母様だったんですね。
何でも手作りでリサイクル。
今の時代なら、ネット販売で大儲けできたでしょう。
(すぐにこういう夢の無い発想でゴメンナサイ)
はやとうりさんのお料理の発想と盛り付けの素晴らしさ、お母様の血筋ですね。
こういうのって、アーティストの範疇ですものね。

結核だったんですか。
昔は死の病ですもんね。
私の父も姉も結核にかかったそうです。
良くなりましたけど。
すぐ身近な病だったんですね~

| 万見仙千代 | 2012/02/11 12:33 | URL | ≫ EDIT

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| | 2012/02/11 13:19 | |

万見仙千代さん こんにちは♪

いえいえ仙千代さんの発想大好きですよ(*^_^*)
今の時代に生まれるべき人でしたね
それも人生ですね

器用だけでなく仕事も速かったですね
学校に行く時にこれ今日出来るって聞くと必ず
できていましたね 帰るのが愉しみでした

今の時代なら良い薬もたくさんあります
当時はね治療法も違いますしね


| はやとうり | 2012/02/11 13:51 | URL |

こんにちは。

粕汁 美味しいですよね。
私も好きです。
主人も娘も嫌いなので 私が自分の為に作っています。
寒くなると やはり 母が作ってくれていたので
いただきたくなります。

はやとうりさんのお母様 素敵です。
私の母も 洋裁 和裁 茶道 華道 とプロ並みですね。
敢えて言うなら 料理だけが普通です。(^_^.)
小さい時は 妹と母手製のお洋服でした。

そうですね 私も 今は贅沢だと思います。
それに慣れてる 自分や 子供も怖いですね。
お風呂に暖房いれないと 娘はいらないのですが
私の時代には そんなものなかったですからね。
そう 言った細かな事でも たまに不安に思うことが
あります。

| mon tresor 2007 | 2012/02/11 14:18 | URL |

mon tresor 2007 さん こんにちは♪

粕汁本当に美味しいですよね
ご主人もお嬢様も食べられないそれは残念ですね

あなたのお母様も何でもなさったのですね 素晴らしい!!

今の子供たちの将来が気になります
ここでしっかり育てないと大変な事になるような気がするのですがね
よそ様のお子様も含めてこのままの幸せはないと思うのですがね

| はやとうり | 2012/02/11 14:58 | URL |

はやとうりさん

粕汁大好きです♪
一番好きなおつゆです(^-^)
この中に御飯を入れて食べるのが好きで1時期3食ともそればかり食べていました(;^-^)

お母様の思い出・・・
胸が詰まる思いです。

母とは強いもの・・・温かいもの・・
なのに、会うとつい強がりいったり・・もうわかってるって!!て
心配してくれてるのがわかってもついついそんな言葉が口から出ます。

はやとうりさんのお母様もとても何でもされた方なのですね。
はやとうりさんも何でもされるのでお母様譲りなのですね・・

若草物語の姉妹みたかったです(^-^)
ランドセルもとても素敵だったと思います。
子供のころは・・・みんなと同じでないといろいろ思うこともありますのであれですが・・・

あ・・・今日は心から寂しさと暖かさを味わえました。
母に電話でもしようかな?(笑)
ああ・・そう思うと私はなんて弱い母親でしょうか(笑)

| 桃咲マルク | 2012/02/11 15:28 | URL |

はやとうりママのお母上は、素敵な方だったの
ですね。
ママのお料理上手は、きっと母上の何でもできちゃう
才能を受け継いでいらっしゃるんでしょう。
私の母はまだまだ元気でチャキチャキしております。
ずっと働き、ずっと忙しく、手作りの物なんて何も
作って貰えなかった小さいころでした。
私がイイ年になった今でも、わずらわしい・・・と
思うこともたびたびですが、でもやっぱり絶対の信
頼と尊敬をしています。

失礼なんですが、はやとうりママと私のママ上、なんだか
似ているような気がするんですよね。

| みこみこみっこ | 2012/02/11 15:43 | URL |

はやとうりさん、こんばんは。
一緒にいられた時間は短かったと思いますが、
濃厚な時間を過ごされましたね。
親子ですから、いいたいことがたくさんあると思います。
でもそれ以上に、素敵な思い出がたくさんあったでしょうね(^^)

…というか、思い出す時ってなぜか嬉しかったことばかり思い出しますよね。

| ふわころ本舗 | 2012/02/11 18:36 | URL |

マルクちゃん こんばんは♪

そうでした あなたは粕汁大好きでしたね
記事読みましたよ(*^_^*)
我家も二人家族なのに大鍋で作ります
でもこれだけはすぐに無くなりますね 

マルクちゃん 御両親には常に優しい言葉を返して上げてね
もうそろそろそんな歳ですよ
親はいつまで経っても子供の事ばかり考えています

振り袖は嬉しかったですよ 柄までちゃんと覚えています

今の時代ならまだしも人と違うと言う事は小さな子供にとって
は荷が重かったかな そんな時代もいつしか遠くに行きました

あなただってちゃんと素敵なお母さんですよ!!

| はやとうり | 2012/02/11 19:08 | URL |

みこみこみっこ ちゃん こんばんは♪

みっこちゃんのお母様もずっと仕事をしていらした
大変だったと思いますよ
仕事・子育て・家事きりきり舞いだったと思います

あなたをずっと見ていますと大体お母様像判るのですよ
前の方のブログのコメント欄で初めてあなたをお見かけしまた

その時から思っていました 何とサバサバした方なのだろうと
みこみこみっこちゃん印象に残る方でしたよ

それ以来のお付き合い 私はずっとあなたが好きでした
親は煩わしいものです それは愛情の裏返し
賢明なあなたには総て判っている事 苛立つ時には「はい」
深呼吸しましょう 少し緩和されます

みっこちゃんママと私似ているかもしれませんね*^^*


| はやとうり | 2012/02/11 19:20 | URL |

ふわころ本舗さん こんばんは♪

いかにもあなたらしいコメント私は好きですよ*^^*
そうね親子だから逆に言えなかったのかもしれません
私は何故かそう言う子供でしたね
息子の「忠さん」もそのタイプなのかもしれません(>_<)
そうですね悲しい事は忘れる事それが楽な生き方ですね
残されたわずかな日々楽しんで生きて行きますね


| はやとうり | 2012/02/11 19:27 | URL |

 はじめまして。
 深山あかねともうします。
 かす汁私も大好きです。
 
 お母様、そしてお姉さまたちの記事、しっとりと読ませていただきました。

 広島のお姉さまと最近月に一回お会いしています。
 美しく素敵なお姉さまでお会いするとほっとします。

「今は贅沢過ぎて人間はいつか罰が当たると信じて疑わない」

 10数年前亡くなった私の友人もよくそういっていました。仕立ての洋服を着ていた20数年前、私の洋服をほとんど縫ってくれ、読書好きの人でした。今でもその洋服は全部とってあります。

 久しぶりに聞いた懐かしいせりふでした。


  

| 深山あかね | 2012/02/12 08:36 | URL |

母の愛情

はやとうりさん、こんにちは^^

いいお母様に育てられ、成人する前に永遠に別れるなんて
さぞかしお辛かったでしょう。けれども、美しい思い出に
彩られて、たくさんの宝物を頂いたのですね。お母様の
愛情がたっぷり詰まったお話は、事実は小説より奇なり、
ですね。

手づくりの生活文化。現代の大量消費社会とは違って、昔の
生活には学ぶことがたくさんあるような気がしてなりません。

僕は子供のころ、女の子や弱いものいじめをする悪ガキを
いじめる、悪ガキでした^^;

| はなさかすーさん | 2012/02/12 10:44 | URL | ≫ EDIT

深山あかね さん こんにちは♪

ようこそいらっしゃいました
姉がいつもお世話になっておりますe-466
ありがとうございます

そちらのブログさっきお邪魔しました
後程再訪致します

今の時代 狂っています
人間は原点に戻らなければいけませんね

| はやとうり | 2012/02/12 14:01 | URL |

はなさかすーさん  こんにちは♪

今の様に物がありふれた時代ではありません
一枚の布がどれほど大切に扱われていたのか知っています
食事にしてもそうです 
おくどさんでご飯を炊き消し済みを取る
七輪で炭を起こす 雨の日にはまきに火がつかなくて泣くような想いをしました

質素な食卓でしたが美味しかったですよ
米飯の事を銀飯と言っていましたね

今あの時代のような生活に戻らないと滅亡は目に見えています

>僕は子供のころ、女の子や弱いものいじめをする悪ガキを
>いじめる、悪ガキでした^^;

すーさんならきっとそうだったと思います

残念ながら守ってくれた男子いなかったです
根性無しばかりでした
何となくお分かりでしょ 私がこうなった訳(笑

| はやとうり | 2012/02/12 14:15 | URL |















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